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震災。

2011年03月17日 10:12

俺です。
今回の震災に関し記事を書こうか悩んでいたが、昨日嬉しいことがあったので書くことにした。
ま、それは最後に書くとしよう。

16年前の1月17日、幸か不幸か俺は東京にいた。学生だった。
実家は神戸市東灘区。当時死者が一番多かった地域だ。
幸い実家は地盤の固いところで割合標高が高い所にあったので40数箇所のヒビだけで済んだ。
ボイラーの管など見えないところの破損も多少はあったが、今も両親が暮らしている。
ウチから数百mほど南に下れば完全に倒壊してる家やマンションがあった。
そしてあの阪神高速が倒れた場所はウチからたった3kmほどしか離れてなかった。
電気の復旧は比較的早かったが、ガスや水道に関しては2月に入っても復旧してなかった。
風呂なんぞ入れる状況ではなく、トイレをするにも近くの川から水を汲んで風呂にためてそれを使っていた。
神戸の西の方の知り合いや、大阪の北摂の知り合いが食料を持ってきてくれたそうな。
この記憶は忘れようにも忘れられない出来事だ。

で、今回の震災の惨状を見て、当時の惨状の記憶が沸々と蘇った。
まぁ、阪神大震災は直下型地震だったため、津波は起こらなかったので状況は違うけれど。
それでも他人事ではない。むしろ神戸の人達で他人事に思ってる人は1人もいないと思う。
行けるなら現地に行ってやりたいところだが、今離れてる俺たちが直接出来ることはない。
なので、今ここで出来る限りのことはやりたいと思っている。

今、菅さんがどうとかネット上で色々話題になってるが、当時に比べりゃ情報伝達網は格段に進歩してるし、対応も早い方だとは思う。まぁ相変わらずの上層決定の遅さは変わってないので、十分に早いとは言いがたいが。
ネット上でぐだぐだ貶す前に自分達が出来ることを考えて欲しい。

閑話休題。

未だ1人だけ岩手に住んでるギルメンからの連絡がない。
連絡しようにも出来ない状況なんだろうけど、本当に心配だ。無事であることを願うしかない。
そんな中、昨日石巻に住んでるギルメンからSkype@iphoneで連絡があった。
当日にメールで生存確認できて以来の連絡だった。

ほんのちょっとの間だけど話すことが出来た。
元気そうな声を聞いて安心した。本当に良かった。
泣きそうになったのは内緒。

彼の家は津波にやられてボロボロだそうだ。
彼も含め被災地の方々に一日も早く平穏な日が来ることを心の底から願う。


コメント

  1. イオ | URL | -

    No title

    現地に行って何かしてあげたいという気持ちがあっても、ボランティアの技術と知識がない人が現地に行っても邪魔者になるんだそうだ…
    もどかしさがあるけど事実なんだよね。
    今俺達が出来ることは、募金・節電。そして復旧したときに生活に必要なものを送ってあげるとかだと思う。
    そしてCABALが出来るようになったギルメン達を暖かく迎えること。
    ほんとうに昨日は俺も泣きそうになったよ…
    元気そうで本当によかった。

  2. ちゃっそん | URL | -

    いや、泣いてもいいんだよ?w

    腹一杯くいたいず(´・ω・`)

  3. だんぷる | URL | aJKZQpzM

    No title

    >イオ
    全く持って同感。

    >ちゃっそん
    我慢したんだよw通話だからw
    物資送りたいお(´・ω・`)

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